神奈川腎研究会の歴史

第7代神奈川腎研究会会長(虎の門病院分院腎センター内科部長) 乳原善文

1. はじめに

神奈川腎研究会についての寄稿が求められた。1989年に初めてこの会の一般演題として「透析期に顕在化したEaton Lambertの一例」を発表した。小生としてはデビュー戦であったが当時秋澤忠男先生(昭和大学藤が丘病院助教授)にこっぴどく打ちのめされたが,爽快感を覚えた記憶は残っている。自施設のみで満足せずに他流試合をすることで医師として成長し,より高い医療能力を得ることになることを学んだからである。以後この研究会に年2回若手医師を鼓舞して演題を出し続けたが,演題を一番多く出したことが縁で7代目会長に推薦され,この寄稿をする栄誉を得た。

2. 本研究会の歴史

虎の門病院において昭和38年(1963年)1月4日に間欠的腹膜還灌流法による透析が始まり,昭和41年(1966年)初めにキール型透析装置がアメリカから本邦に輸入され,主に大学病院中心に虎の門病院においても血液透析が始まった。昭和42年(1967年)には同じく虎の門病院において第1例目の腎移植生着例を経験。昭和43年(1968年)には前腕の動静脈吻合による内シャント術が工夫開発され,針で穿刺する血液透析法が軌道にのりだした。同年全国規模で人工透析研究会が開始された。それを受けて神奈川県内では昭和46年(1971年)頃より透析関連の勉強会(医師,看護師,透析技師)と腎移植勉強会が別々に開始されていたがこの二つを一本化してはどうかという動きがあり正式に神奈川腎研究会が発足するに至った。

 

(1) 初代会長は高井修道(横浜市立大学医学部泌尿器科)

  •  第1回は昭和49年(1974年)7月19日開催。初代会長は高井修道(横浜市立大学医学部泌尿器科),副会長は前田貞亮(関東労災病院,2015年まで)。幹事は三村信英(虎の門病院分院,2004年まで),柴垣昌功(川崎市立井田病院,2004年まで),笹岡拓雄(横須賀共済病院,2000年まで),小柴健(北里大学,1977年まで),遠藤忠雄(北里大学,2001年まで),森木光司(国立療養所神奈川病院,2004年まで),石川丈之(伊勢原協同病院,2001年まで),日台英雄(横浜市立大学医学部泌尿器科,その後横浜第一病院へ,2004年まで)の10名での船出であった。当番世話人は前田貞亮であり,横浜駅東口スカイビルにて開催。東大薬理学の酒井文徳教授の特別講演「腎生理学最近の進歩」のみであった。以後世話人の持ち回りで開催された。第2回は同年10月。湯沢神奈川県衛生部長による特別講演「腎不全対策と看護の問題点」の後に,シンポジウムにて「腎移植の問題点」(北里大学遠藤忠雄助教授司会で関口進,内田久則,松沢孝子氏らがシンポジスト)が議論された。
  • 1975年(昭和50年)は4回(第3-6回)開催。第3回には新潟大学藤田恒夫教授による特別講演「ネフロンの微細立体構造」のみ。第4回には東京女子医大詫摩武英講師による特別講演「腎不全患者の心理および精神症状」とそれにあわせた一般演題8題が看護師や透析技師より発表。第5回には酒井糾先生が司会で「透析患者で苦労されたり興味のあるまたは皆様方のご意見を聞きたい症例のディスカッション」が公募され議論された。「死体腎移植の現状」について北里大学遠藤忠雄講師が,「臨床移植が代謝機構の理解に役に立つ」と題して北里大学柏木登教授が講演。第6回には東京医科歯科大学越川昭三助教授による特別講演「人工腎臓装置の現況と未来」に合わせた透析技師や看護師よりの発表が中心。家庭透析の話題が紹介。
  • 1976年(昭和51年)より東海大学医学部移植学1講座教授の佐藤威(さとうい)が世話人に加わり,年4回(7回-10回)開催。東海大学生化学勝沼恒彦教授が「窒素代謝における腎臓の役割」を講演され,国立小児病院大田黒和夫部長が「尿路閉塞症における腎機能」を講演。東京腎センター樋口順三先生による講演「血液透析患者の食事療法と社会復帰」。横浜市大金子好宏教授による講演「腎血管性高血圧の機序」,東京大学和田達雄教授による講演「腎血管性高血圧の外科的治療」。透析患者の貧血,透析患者の栄養管理についての一般演題が出された。

 

(2) 前田貞亮が2代目会長(1977年(昭和52年)―1980年)。

  •  1977年は年3回(11回-13回)。慶應大学加藤暎一助教授による講演「腎臓病学の最近の話題」,国立佐倉療養所横山健郎先生による講演「死体腎移植」,北里大学大森文子婦長による講演「看護の動向」,慈恵医大酒井紀助教授による講演「慢性腎炎をめぐる最近の知見」に関係した非アルブミン蛋白尿,低K血症,ネフローゼのパルス等の腎炎に関する一般演題がみられた。
  • 1978年(昭和53年)より以後年2回開催。東京女子医大教授太田和夫先生による「人工透析の適応範囲と今後の展望」の講演に加え,透析導入期の問題点についての発表が多くみられた。このころは透析の技術的な問題点が議論された。
  • 1979年より聖マリアンナ医科大学腎臓・高血圧内科教授石田尚志(いしだまさし),堺秀人(東海大学内科学7講座教授),海老根東雄(神奈川病院腎臓内科)が世話人に就任された。1979年には横浜市立大学精神科春木繁市先生が「透析患者の精神的問題」について講演。それに関係した一般演題4演題が発表された。北里大学酒井糾助教授による講演「小児腎不全管理上の最近の問題点」に加え小児透析や腎移植の一般演題が出された。チャンス蛋白尿についての講演が大野氶二教授(順天堂大学内科学)と北川照男教授(日本大学小児科)よりなされ透析の工夫や高齢透析の透析についての一般演題が出された。

 

(3) 佐藤威(い)(東海大学医学部 移植学教室1教授)が3代目会長(1980―1996年)。

  •  1980年には血液濾過の原理と臨床効果のシンポジウムが組まれ大阪市立大学泌尿器科の岸本武利先生が招かれ,飛田美穂(東海大学),山下明泰(北里大学),二瓶宏(虎の門病院),小川繁代(横須賀共済病院)らにより議論された。
  • 1981年には太田和夫教授(東京女子医大)が「CAPDの実際と問題点」につき講演され,透析の技術的問題点についての一般演題が6題発表。酒井糾先生(北里大学)が司会で血尿のシンポジウムが組まれた。東京女子医科大学心臓血管研究所助教授木全心一先生により「腎疾患患者の心機能」について講演され,透析患者の心臓病変についての演題が出された。
  • 1982年には杉野信博教授(東京女子医大腎センター内科)による「腎不全と栄養」が講演され,それに関係した一般演題が出された。
  • 1983年には北里大学柏木登教授による腎移植における「組織適合性検査最近の進歩」の講演に加えてCAPDの9演題が議論された。虎の門病院院長小坂樹徳先生による「糖尿病最近の進歩」についての講演の後,糖尿病透析患者の問題点が初めて一般演題として議論された。松下肇顕(川崎市立井田病院)が世話人となる。東邦大学第二病理川村貞夫教授による講演「急性腎不全の病理」に続き,急性腎不全に関する一般演題が多数出された。パラコート中毒についての血液浄化の演題も出された。
  • 1984年は順天堂大学内科学大野氶二教授による「慢性腎不全患者の腎性骨異栄養症」の講演の後一般演題。前田貞亮先生による「透析療法を振り返って」の講演と透析技術に関する演題が主体。
  • 1985年より秋の研究会を神奈川県透析施設連絡協議会(当時の会長は上田 泰)との合同研究会として開催することとなり、今日に至ります。黒川清先生(東京大学第4内科教授)が「ビタミンDの代謝とその異常による病気」という講演に加えて,CAVH,DFPP, PTXによる演題が初めて出された。金子好宏教授(横浜市立大学内科学)が世話人になる。日大教授「腎疾患および透析患者の脂質代謝」の講演に加えて「術後の無ヘパリン透析」等の一般演題。
  • 1986年には川口良人先生(慈恵医大講師)による「CAPDの現況と問題点」についての講演に加えCAPD関連の一般演題が多数出された。 特別講演一つ,一般演題約10演題からなる現在の発表形式が出来上がった。 1987年より小椋陽介(虎の門病院分院腎センター)が世話人になる。 以後は文章量の関係で代表世話人と世話人の先生方を紹介することで留めおきたい。

 

(4) 石田尚志(いしだまさし)(聖マリアンナ医科大学腎臓・高血圧内科教授)が4代目会長(1996年12月から2002年12月)

  • 2001年より北里大学医学部腎臓内科学教授鎌田貢壽と虎の門病院分院腎センター内科部長原茂子(2005年まで)が世話人に就任。

 

(5) 木村健二郎(聖マリアンナ医科大学腎臓・高血圧内科教授)が世話人就任とともに5代目会長(2002年12月から2004年10月まで)。

  • 2003年よりあさおクリニック前波輝彦が世話人に就任。
  • 2004年には東海林隆男(横須賀共済病院,2007年まで),角田隆俊(東海大学,2015年まで),戸谷義幸(横浜市立大学附属病院),佐藤武夫(聖マリアンナ医科大学,2011年まで)が世話人に就任。

 

(6) 鎌田貢壽(北里大学医学部腎臓内科学教授)が6代目会長(2004年10月―2014年3月)。

  • 2005年には梅村敏(横浜市立大学附属病院),衣笠えり子(昭和大学横浜市北部病院),小林修三(湘南鎌倉総合病院),出浦照國(昭和大学藤が丘病院),吉村吾志夫(昭和大学藤が丘病院),高市憲明(虎の門病院分院腎センター),乳原善文(虎の門病院分院腎センター),海津嘉蔵(社会保険横浜中央病院),佐藤昌志(菊名記念病院),竜崎崇和(川崎市立井田病院)が世話人に就任。
  • 2006年には関東労災病院宇田晋(その後川崎幸病院)が世話人に就任。
  • 2007年には小澤潔(横須賀クリニック),松井克之(帝京大学医学部附属溝口病院),岩崎滋樹(横浜市立市民病院),田村禎一(横須賀クリニック),千葉哲男(横浜第一病院),長谷川俊男(神奈川県立汐見台病院)が世話人に就任。
  • 2010年には深川雅史(東海大学医学部腎内分泌代謝内科)が世話人に就任。2011年には坂本尚登(北里大学医学部腎臓内科)が世話人に就任。

 

(7) 乳原善文(虎の門病院腎センター内科)が7代目会長(2014年4月より)。

  • 2014年には小岩文彦(昭和大学藤が丘病院),酒井行直(日本医科大学武蔵小杉病院),柴垣有吾(聖マリアンナ医科大学),波多野道康(横浜労災病院),平和伸仁(横浜市立大学附属市民総合医療センター),丸井祐二(虎の門病院分院腎センター外科),星野純一(虎の門病院分院腎センター内科)が世話人に就任。
  • 2015年には竹内康雄(北里大学医学部),中村道郎(東海大学医学部),横地章生(関東労災病院),吉田一成(北里大学病院臓器移植・再生医療学)が世話人に就任。
  • 2016年には石井健夫(横浜第一病院),田中啓之(横須賀共済病院),山本裕康(厚木市立病院)が世話人に就任。
  • 2017年には石井保夫(虎の門病院分院腎センター外科),澤直樹(虎の門病院分院腎センター内科),緒方浩顕(昭和大学横浜市北部病院),大塚智之(日本医科大学武蔵小杉病院),田村功一(横浜市立大学医学部循環器・腎臓病学講座)が世話人に就任
  • 2018年には中田泰之(厚木市立病院)が世話人に就任。
  • 2019年には常田康夫(藤沢市民病院)が世話人に就任。

3. 本研究会の特徴

本研究会は透析医療黎明期から始まり,その限界を腎移植に求めて出来上がった経緯があるが,その心底には最終的には腎不全の原因究明を行い末期腎不全に至らせないたゆまぬ努力が次世代への提言とされてきた。研究会の創成期には多くの失敗談が本研究会で演題として取り上げられてきたが,「失敗なくして次の成功はない」,「1人の失敗は皆の失敗だ,1人の成功は皆の成功だ」をスローガンにして前向きな気持ちで発展してきた本研究会も実は企業からの寄付金が経営母体であったが,その運営は代表世話人の施設が事務局となりとり行い,当番世話人の施設よりボランティアを出して頂き研究会当日のお世話するという形で行われてきた。近年企業からの寄付金が得られなくなってきた現状を受け止め,世話人で話しあい,研究会を支えてきた神奈川県下の腎臓および透析関係施設より施設会費を出し合う形で,さらに企業からは寄付金としてではなく スポンサーセッションや企業広告という形で今後の本研究会の運営を続けることをご理解頂きたい。

詳細はhome page<神奈川腎研究会,https://kanagawajin-kenkyukai.com>をご覧ください。